パーフェクトイド空間(Perfectoid Spaces)とは?理論の概要と参考文献をご紹介【数論幾何の天才Peter Scholze氏の理論】


「パーフェクトイド空間って一体何?」「最近、数論幾何の分野でよく聞くパーフェクトイド空間って?」

こんな疑問に大学院でパーフェクトイド空間(Perfectoid Spaces)を研究していた僕がお答えします。

※このブログの他の数学関連の記事と同じように、この記事でも数学的な正確さよりも”なんとなくの雰囲気”重視で書いているため、数学的に不正確な表現や定義があることはご了承ください。

パーフェクトイド空間(Perfectoid spaces)への準備


パーフェクトイド空間とは、p進幾何の文脈で出てくる空間概念で、2011年にPeter Scholze氏の博士論文で初めて導入されたものです。

あとで紹介するGalois理論の古典的な結果(Fontaine-Berger)に想起された理論で、2011年の登場以来、p進幾何だけでなく数論幾何の多くの分野で衝撃的な応用がされています。

Peter Scholzeって誰?

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パーフェクトイド空間の紹介の前に、理論の創始者であるPeter Scholze氏について簡単にご紹介します。

Peter Scholze氏は、現在ドイツのボン大学の教授で、博士号を取得後、若干24歳で大学教授になった(最年少)天才です。

2018年、30歳の時には数学界のノーベル賞と言われるフィールズ賞を受賞し、世界の数学界を牽引する1人と見なされています。

パーフェクトイド空間を導入した論文では、その理論を応用して数学界の難問である「ウェイト・モノドロミー予想」を部分的に解決しています。

p進数の話

以下、パーフェクトイド空間の話に戻ります。パーフェクトイド空間を理解するためには体(field)の標数の概念が必要不可欠です。

標数の概念は、適当な代数の教科書を見て欲しいのですが、数学の基本的な対象として四則演算ができる集合を体(タイと呼びます)があります。

体には標数と呼ばれる概念が付随していて、標数は0かp(素数)となることがわかります。

例えば、皆さんにも馴染みのある有理数体(ユウリスウタイ)$$\mathbb{Q}$$と呼ばれる体は標数0となることが知られています。

標数pの体の例で一番身近なのは有限体(ユウゲンタイ)$$\mathbb{F_p}$$と呼ばれる体です。これは、整数を素数pで割った余りの数で数をまとめあげたものです。

例) $$\mathbb{F_5}=\{0,1,2,3,4\}$$

$$\mathbb{F_p}=\{0,1,2,3,4,・・・,p-1\}$$

といった感じです。p進数についての詳しい話は適当な整数論の教科書で確認してみていただけると幸いです。

体の標数の話

上で紹介した体(タイ)と呼ばれる四則演算ができる数の集合には標数と呼ばれる概念が定義できます。

これは簡単にいってしまえば、その体の元を何回足し合わせたら0になるかというものです。

体の標数は0かpであることが知られていて、例えば上で出てきた有理数体Qの標数は0で、有限体F_pの標数はpになります。

数学の世界(体の世界)では、「標数0の体の世界」と「標数pの体の世界」があるということです。

代数幾何学とコホモロジー

続いて、Perfectoid空間の話を進める当たって、ちょっとだけ代数幾何とコホモロジーの話をご紹介します。

このトピックについては、こちらの記事でもご紹介をしているので合わせて読んでもらえると嬉しいです。

中学や高校の数学で学んだ通り、いわゆる円や放物線などの様々な図形は方程式を使って表現することができます。例えば以下のようなものです。

$$x^2+y^2=1$$

$$y-x^2+5=0$$

$$y^2=x^3+7x+1$$

上から円、放物線、楕円曲線です。これは逆に言うと、「多項式を考えると図形が決まる」と言うことでもあります。

このような多項式と図形の関係を調べるのが代数幾何学と呼ばれる分野です。

代数幾何学にはコホモロジーと呼ばれる道具(概念)があって、これは図形の穴の数を数えることで図形を分類するのに使います。

コホモロジーについてはこちらの記事でも触れているので参考にしてください。

コホモロジーには様々な種類があって、考えている図形や条件によって使い分けたりします。

そして、これらのコホモロジーを比較することで考えている図形の性質や様々な数学の問題に応用することができます。

コホモロジーを使うことで、昔から考えられている数学の問題を”コホモロジーの言葉に変換”して考え直すことができたり、代数幾何だけでなく整数論など他の数学の分野にも応用することができます。

現代の数学(特に、整数論や代数幾何、数論幾何)はこのコホモロジーの研究といっても過言ではないくらいに大切な概念になります。

パーフェクトイド空間(Perfectoid spaces)とは?


これでようやくパーフェクトイド空間の話に戻ってこれます。

代数幾何では多項式で定義された図形をコホモロジーを駆使して研究する分野でした。

パーフェクトイド空間

では、パーフェクトイド空間とは何かと言うと、次のようなp冪の多項式で定義される図形のことを指します。

$$1/x+p+p^2x+……$$
$$1/x^p+1+px+……$$
$$1/x^{p^2}+1/x^p+……$$

パーフェクトイド空間では、素数pでたくさん割れる多項式ばかりを考えることになります。

そうすることでいったい何が良いのかと言うと、

パーフェクトイド空間を考えると(使うと)コホモロジーが調べやすくなる

という点が挙げられます。

パーフェクトイド空間の重量な性質

パーフェクトイド空間を使うと、コホモロジーが調べやすくなると言いましたが、これはどういう事か簡単に説明します。

冒頭で体の標数の話を出しましたが、代数幾何や数論幾何で図形を考えるとき(=多項式を考えるとき)、その多項式の係数がどの標数の体のものかというのが重要になってきます。

つまり、標数0の体係数の多項式を考えているのか? それとも標数pの体係数の多項式を考えているのか? ということが大事になるということです。

ところがこれがパーフェクトイド空間の場合では標数0だろうと標数pだろうと関係ない(と言うと乱暴ですが、、、)という性質が発見されています。

もう少し言うと、パーフェクトイド空間の世界では標数0の体と標数pの体を同じものとして扱うことができると言うことがScholzeによって証明されています(これはTilting対応と呼ばれています)。

このTilting対応を使うことで今までよりもずっと簡単に、広くコホモロジーを調べることが可能になりました。

パーフェクトイド空間の応用


パーフェクトイド空間の理論は非常に有用で、Scholzeはパーフェクトイド空間を導入した論文(博士学位論文)で、長年未解決だったウェイト・モノドロミー予想を(部分的に)解決しています。

また、数論幾何の主要な研究対象で、種々のコホモロジーの比較を研究する(整)p進Hodge理論と呼ばれるの分野でも目覚ましい応用が見出されています。

当ブログのこちらの記事でも紹介したコホモロジーの統一(モチーフの理論)においても、パーフェクトイド空間の理論を発展させたプリズム理論(Prismatic cohomology)が生まれるなど、現代数学の最先端を担う理論として注目を浴びています。

パーフェクトイド空間の勉強をしたい方への参考文献

最後にパーフェクトイド空間の理論について、ちゃんと勉強してみたいと考えている方に向けて参考文献をご紹介します。

パーフェクトイド空間の理論は、何回で大学数学程度は既知と仮定します。

Perfectoid Spaces: Lectures from the 2017 Arizona Winter School

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Arizona Winter Schoolで開催されたパーフェクトイド空間についての研究集会のサーベイ集になります。

パーフェクトイド空間の基本的なところから最新の研究までカバーしており、パーフェクトイド空間を勉強したい人は一度は目を通しておくといいでしょう。

こちらのリンクから実際の講義のアーカイブ動画を観ることができるので、合わせて勉強をすると良いかもしれません。

Étale Cohomology of Rigid Analytic Varieties and Adic Spaces

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パーフェクトイド空間の基礎になるAdic空間とそのエタールコホモロージーについての教科書です。

直接パーフェクトイド空間については触れていませんが、Adic空間について詳しく知りたいと言う方におすすめです。

ただし、現行のパーフェクトイド空間の研究者界隈で使われている用語と異なる言いわましが多いのでその辺りは注意が必要です。

ちなみに、著者のRoland Huberはadic空間の創始者です。

Galois Representations and (Phi, Gamma)-Modules

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数論幾何で重要な研究対象であるGalois表現と(Phi, Gamma)-Modulesについての教科書です。

(Phi, Gamma)-Modulesの研究はFontaineによるp進周期環を使った構成に端を発しますが、このテキストではパーフェクトイド空間を使った、より現代的なアプローチで解説をしています。

パーフェクトイド空間はそれ単体よりも応用されて初めてそのすごさが解るので、ある程度パーフェクトイド空間の基礎が理解できたら読んでみることをおすすめします。

その他論文等

パーフェクトイド空間の理論についてはまだまだ、テキストが少ないのが現状なので直接論文を読んで勉強することが不可欠です。以下ではパーフェクトイド空間について勉強したい人に向けておすすめの論文、読み物を列挙します。

Perfectoid spaceshttps://www.math.uni-bonn.de/people/scholze/PerfectoidSpaces.pdf

WHAT IS…a Perfectoid spaces

Perfectoid spaces and the weight-monodromy conjecture, after Peter Scholzehttps://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~t-saito/talk/perf.pdf

Berkeley lectures on p-adic geometry