『不完全物権変動説』とは?二重譲渡との関係を簡単にご紹介


「不完全物権変動説って一体何?」「二重譲渡との関係は?」

という方に向けてざっくりとご紹介します。

民法を勉強しているとすぐに出てくるのが、「所有権」という概念です。

民法は大きく分けて、「債権」、「物権」と「相続・家族」の大項目に分かれていますが、その中でも「物権」で中心的な概念になるのが「所有権」というものです。

この所有権を巡って、民法上では二重譲渡という問題が出てくるのですが、これに関連して「不完全物権変動説」という考え方があります。

不動産などの所有権を巡って考える必要のある「所有権の発生はいつか」という点についての通説をご紹介します。

所有権とは?

所有権とは、物(ぶつ)の全面的支配すなわち自由に使用・収益・処分する権利のことで、簡単に言えば物を所有することに付随する諸々の権利ということです。

民法206条には、所有権に関する以下の規定があります。

民法206条:
所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。

二重譲渡について

予備試験や司法試験などでは、物権の問題(物権の変動)では所有権を巡って、二重譲渡という行為が題材になることが多いです。

実際の司法試験だとこんな感じで出題がされています。

平成19年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題
買主Xは,売主Aとの間で,Aが所有する唯一の財産である甲土地の売買契約を締結した。ところが,XがAから所有権移転登記を受ける前に,Aは,Bに対して,甲土地について贈与を原因とする所有権移転登記をした。
1  上記の事案において,(1) AB間の登記に合致する贈与があった場合と,(2) AB間に所有権移転の事実はなくAB間の登記が虚偽の登記であった場合のそれぞれについて,Xが,Bに対して,どのような権利に基づいてどのような請求をすることができるかを論ぜよ。
2  上記の事案において,Bは,甲土地について所有権移転登記を取得した後,Cに対して,甲土地を贈与し,その旨の所有権移転登記をした。
 この事案において,(1) AB間の登記に合致する贈与があった場合と,(2) AB間に所有権移転の事実はなくAB間の登記が虚偽の登記であった場合のそれぞれについて,Xが,Cに対して,どのような権利に基づいてどのような請求をすることができるかを論ぜよ。

二重譲渡は、ある物や権利を譲渡人が第一譲受人に譲渡した上で、第三者(第二譲受人)へも譲渡する関係のことです。

最も基本的な状況で言えば、Aさんが土地を持っていて、Bさんに譲渡する契約を交わしていた上で、Cさんにも同じ土地を譲渡する契約を交わす、なんて状況が二重譲渡の最たる状況です。

民法上では、然るべき適正な手続きが行われていれば上記の二重譲渡は実際に可能で、”問題なく”できてしまう行為なのです。

あくまで、民法の手続き的な意味合い(=売買契約が成立する)で、実際に上記のようなことを行った場合は刑法の横領罪に当たるので注意が必要です。

ここで問題になるのが、民法上では上記のA→BとA→Cの二つの売買契約は成立してしまうが、そもそも所有権の所在はどうなってしまうのか?ということです。

つまり、上記のかかる不動産について、第二譲受人に対して正当な利益がありうるのかということです。

不動産に関する物権の変動の対抗要件

民法の世界では、契約などによって取得した所有権を第三者に主張するための要件を「対抗要件」と言います。不動産であれば、この対抗要件は「登記」ということになっています。

民法では第177条がこれに当たります。

民法第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件):
不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

この民法177条を踏まえて、もう一度、二重譲渡の問題を整理してみます。

Aさんは自分が所有している土地をBさんに売ると約束した(=AさんとBさんの間で売買契約が成立した)。ところが、Bさんがすぐにかかる土地に関する登記を備ないでいる間に、AさんはCさんとも同じ土地についての売買契約を結んだ。つまり、Aさんは不動産の二重譲渡を行った。民法上では、A→B、A→Cどちらの売買契約も成立しうるわけだが、これはどういった理由から成立しうるのか。つまり、どうしてCさんにも正当な利益を取得するのか。

冷静に考えてみると、Bさん(第一譲受人)への譲渡が行われた時点で、Aさんには所有権がない(=無権利者になる)ため、第二譲渡(A→C)は無権利者から権利を継承する形となり、そもそも、Cには正当な権利はないと考えることができます。

一方で、第二譲渡のタイミングでは、CさんはAさんの登記を信頼して(第二譲渡の時点では、Bさんは登記変更をしていない)売買契約を行っているため、Cさんに正当な利益がないと考えると、取引安全上不都合だとも考えられます。

このことをうまく法理論的に説明した通説が以下で紹介する「不完全物権変動説」です。

不完全物権変動説とは?

不完全物権変動説とは、上記のような状況で出てくる通説で、所有権が移転しても、登記がなされていない譲受人が完全な所有権を取得するものではないというものです。

もう少し詳しく言えば、第一譲渡(A→B)の物権の変動は登記されていないのだから不完全なもので、第二譲渡(A→C)の段階で譲渡人に譲渡できる物権が残っているという考えです。

したがって,第二譲渡で譲渡人(=Aさん)は、残っている権利を譲受人に承継させることができる、と考えます。

その結果,第二譲受人(=Cさん)は正当な利益をもつ権利者であると説明されます。

登記されていないから不完全な物権?

なるほど〜という感じもしますが、まだモヤモヤします。

そもそもなんで、登記されていなければ不完全な物権となってしまうのでしょうか。

物権については、そもそも一物一権主義という性質があります。これは同一内容の物については、同一内容の物権は一つしか成立しないという性質です。

これを頭に入れて改めて考えてみると,第一譲渡後に登記が譲受人(=Bさん)に移転していない場合,譲り受けた物権の一物一権の原理が不完全になりますよね。要するに土地に関する物権の所在が宙ぶらりん状態です。

第三者への対抗要件である登記がない場合,物権を対抗できない第三者が存在するという意味で,不完全ということです。

もう少し勉強したい人におすすめの本

今回紹介した不完全物権変動説についてもう少し知りたい方は以下の本を見てみると理解が深まります。

伊藤真の民法入門 第6版

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伊藤先生の民法の入門書です。今回紹介した不完全物権変動説についてだけでなく民法の全体像についてざっくりと抑えたい方におすすめです。

新基本民法2 物権編 — 財産の帰属と変動の法 第2版

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物権について詳しく紹介している入門書です。物権の変動について焦点を当てて書いているので民法の概要が解った上で、もう少し踏み込んで知りたい人におすすめ。

物権変動の法的構造

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物権の変動についてガチで勉強してみたい人向け。民法との整合性などかなり深いところまでしっかりと解説しています。